松尾大社は酒造神で有名、秦氏由来で重森三玲の庭園も

   2016/12/06


京都が大好きですが、期待せずにふらりと立ち寄った、松尾大社の歴史と大きさ
また、かつての敷地の広さを知り、びっくり致しました。

嵐山近辺は、松尾大社や苔寺、地蔵院など好きな神社仏閣がそろっています。

苔寺、地蔵院、鈴虫寺などをまわり、ふらりと立ち寄った松尾大社の大きさ日本酒とのつながりなどを知り
再訪したいお気に入りの神社の一つとなりました。

 

何も知らずに訪問しましたが、庭園は重森三玲の作であり
また神像館には、平安時代後期より鎌倉時代の作の像が保管されており
神仏習合・平安時代末期の末法思想の中で作られた歴史的にも価値のある重要な御神像ばかりに思いえます。

館内には「室町時代初期の境内図」「平安時代末期の社会情勢・当社神主東家の系図」があり、松尾大社の歴史の流れを知ることが出来ます。

さらには、お酒の資料館もありました。

時間が足りず、じっくり味わえなかったので、次回は深く味わいたいのです。

松尾大社

松尾大社は、飛鳥時代の頃に、始めてこの場所に祀られたものではなく、それ以前の太古の昔から
ここに住んでいた人たちにより、松尾山の山霊を頂上に近い大杉谷の上部の磐座に祀って、
生活の守護神として崇拝したのが始まりと伝えられているようです。

 

松尾大社と秦氏

五世紀の頃に、大和朝廷の招きにより集団で日本に渡り、この地方に住んだ秦氏は、洪水などで荒れてしまう保津峡を開削し、桂川に堤防を築き、荒野を農耕地へと開発して行ったことは有名な話です。

その秦氏の首長は、松尾山の神を一族の総氏神として仰ぎつつ、新しい文化をもってこの地方の開拓をしました。

伏見稲荷大社も秦氏ですし、京都は、秦氏なしでは、歴史を語れないのではないでしょうか。

伏見稲荷と秦氏

秦氏は、太秦のほかにに伏見の深草があります。

伏見といえば、思い浮かぶのが伏見稲荷大社ですが、こちらも秦氏が関係しています。
平安京遷都以前の山城国の歴史や文化、地理的状況が記録された地誌「山城国風土記」には、秦氏と稲荷社の縁起が記されています。

松尾大社の酒造神

日本酒好き、漫画スキのひとでしたら「夏子の酒」を読まれた方は多いかと思います。

その中で「松尾さんを拝む」というシーンが何度もありますね。

松尾さんは、松尾大社のお酒の神様だからだと理解していますが、あっていますよね?
秦氏は、灌漑から農業が進むと次第に他の諸産業も興り、絹織物なども盛んに作られるようになったようです。

太秦という地域も、秦氏の名前から来ています。

「太秦映画村」で有名な太秦(うずまさ)の地名も秦氏にゆかりがあります。機織の技術に優れていた秦氏が高く積み上げた織物を朝廷に献上し、褒美に賜った性が「禹豆麻佐(うつまさ)」だったことが地名の由来です。

太秦には、広隆寺のすぐそばに大酒神社という神社もありますが、昔は「大避神社」と呼ばれていたようです。河川の土木工事によって大地を”裂く”、あるいは川の氾濫による災いを”避ける”というもともとの意味から変化して、大酒神社と呼ばれるようになりました。この呼び名の移り変わりからも、秦氏と酒の関わりをうかがい知ることができます。

またさらに、 酒造については秦一族の特技とされ、秦氏に「酒」のという字の付いた人が多かったことからも

酒造との関わり合いが推察できます。

室町時代末期以降は、松尾大社が「日本第一酒造神」と仰がれることになったそうです。

 

酒造関係者には縁の深い京都の松尾大社だと、松尾大社を訪ねて初めて知った私ですが、「夏子の酒」を読んでなるほど!と理解しました。

 

境内の一角には、灘や伏をはじめ全国の酒蔵の菰樽(こもたる)がずらりと並んでいます。

 

境内の奥に進むと「亀の井」という湧き水があります。

昔は、この水を使えば酒が腐らないといわれ、昔の蔵人たちは酒蔵に持ち帰り、仕込み水に混ぜて新酒を仕込んだそうです。
松尾大社でのお酒の祭事には、灘の酒造会社各社から会社役員や杜氏などが一同に介し、参拝するのが慣習となっているそうです。


伏見稲荷神社は、稲荷神社の総本山ですが、
秦氏の開拓した農地から採れた作物が我々の先祖の命を繋ぎ、その天の恵みに対し酒を奉じて来たのです。

日本酒の歴史やルーツまで味わえるようになれば、その楽しさは一段面白さがアップします。

松尾大社と重森三玲

私は、重森三玲が好きなのですが年月が経っても古く感じられない「永遠のモダン」を掲げただけあり、東福寺の市松模様の庭園

また重森三玲美術館をみても市松模様など使ったモダンな作品が見られます。


その重森三玲作の庭園と知らずに松尾大社を歩きましたが、ちょっと大げさに言うと全然違うけれどもアントニオガウディを思い出しました。

1300年もの古くからの神社の庭園、ここに見合うような庭にする、と決意を固めたのだそうです。


松尾大社の為に4つの庭をデザインして、完成を待たずに亡くなってしまったそうですが、

「神の庭」を遺してこの世を去ったのですね。

最後の作品でしょうか。

さいごに

松尾大社は、想像以上に広く歴史も深く、見ごたえ味わい深い神社でした。

見どころが多すぎて、もっと時間をとって再度訪問したいと思う神社です。

秦氏からの歴史も、清仏混合の時代に仏像も、庭園も、日本酒の神としても重要な神社です。

少し多めに時間をとって、敷地内でのお菓子と御抹茶でゆったりと休憩しながら、歩くと良いかもしれません。

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