五月人形(端午の節句)を飾る風習はいつから始まったのでしょうか?

 


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毎年、戦争中疎開した「五月人形」を飾ります。
端午の節句、こどもの日。

もう息子はハタチをすぎて、我が家に小さい子供はいないけれども
五月人形を飾ります。

写真の右2つは、90年ほどまえのものであり
主人の父親が生まれたときのものです。

戦争中は、福島浪江町に疎開をさせたそうです。

同じく、お雛様も五段飾りがあり、疎開をして東京に戻ってきたものです。

私が今の家に嫁いでから30年近くたちますが
そのころから、同居していた義母から、

「とても大事にしているの、可愛いでしょ?」と。
と、飾るときも仕舞うときも、それはそれは、丁寧に丁寧に扱いながら
一緒になって、毎年飾っておりました。

しかし、ここ最近、子供が大きくなったことと
義母が亡くなったこと、
3階にしまってあり、飾るのは1階、ということで
面倒になってしまい、飾らないでおりました。

しかし、飾らない年は、「心が痛む」のでした。

和室には人が年中泊まるので、飾れない。。。

 

 

そこで、考えました。
玄関に、親子3代、それぞれ一つずつピックアップして玄関に飾ろう!
そう思い、飾ってみたら、とてもいい!

しかも、これだけだったら、出すのも片づけるのの簡単です。

出さない、飾らない、、という「心の痛み」が消えました。

 

五月人形(単語の節句)飾る風習はいつから?

ところで、五月人形を飾る風習は、いつからあるのでしょうか?

鎌倉時代

鎌倉室町時代には、
5月の梅雨の季節の前に手入れを行うために外に旗や幟(今回は、我が家は飾りませんでした)を
おいていたそうです。

また、災いが外から入るのを防ぐために
端午の節句に、武具類を外に飾ったという説もあるようですが
記事をいろいろ読んでみますと、いろんな説があるようですね。

江戸時代

そして、定着したのは江戸時代であり
江戸時代の庶民が、武家社会の風習をまねて家の前に棚を作り、
鎧・兜や槍、幟などを飾った事がはじまりなのだそうです。

武将にとっての鎧や兜は、
自分の身を護るための大切な道具ですし、一家の大事な男子、
大事な男の子を事故や病気、災害などから守る、命を守る、
そういう願いを込めて、鎧兜などを飾るようになるのは、
とても自然な事のように思えますね。

おしまいに

五月人形の由来を考えますと玄関に飾ることは
災いなどが逃げていく感じがして、とてもよいものです。

また、外国人が沢山泊まる家ですので、とても喜ばれるのです。

古くから残されている日本の文化を楽しんで頂く為にも、五月人形だけでなく、様々なものを生活に取り込んでおこうと考えています。

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