鎌倉を味わうことをライフワークにしようか。

   2017/02/02


鎌倉が好きだった。

荻窪の住宅街に住み、子供が学校に通うようになったころの話、
旅好きのわたしは、天気の良い2月頃に、、小春日和というのがぴったりな頃には、
息子を学校に送り出したと同時に家を飛び出して、鎌倉へ向かったものでした。
あの頃は、新宿から小田急線に乗って、江ノ電に乗って、
高校生の頃から好きだった竹林の報国時や海が眺められる長谷寺だけを訪ねて
子供が帰宅する前に自宅にとんぼ返りしていたものでした。

時には、江ノ電にのり、鎌倉高校前や由比ガ浜で降りて
海を眺め、お昼だけを食べて帰ってくる日もありました。

荻窪から横浜へ

数年前に荻窪から横浜へ引っ越しました。
風の通る家であったり、日当たりのよい家であったりと、うれしいことは
いろいろあるけれども、なんといっても、横浜から鎌倉がとても近いことは
人生後半を楽しむには、最高の環境となりました。

「ああ、天気いいから鎌倉行こう」と思った1時間後には
北鎌倉の円覚寺を歩いていたりします。
贅沢なことですね。

いつでも海を眺められる、散歩できる緑の道がある、歴史を味わいたい、、古都を、、美味しいものを、、

という突発的な欲求を満たしてくれる鎌倉です。

 

もともと京都が好きでしたが、それは歴史や茶道のこと、また、
街全体の空気も好きでした。
しかしながら、京都に行くには、時間とお金がかかります。
鎌倉でしたら、京都のように歴史も味わえる、海も山もある、
おいしいものもある、それなのにすぐに行ける距離なのです。

そんな事を考えていると、鎌倉の知人が増えてきました。
しかも、文化人。
私の貴重な時間を楽しむのにとてもうれしいつながります。

 

鎌倉の歴史

今から1万年以上前の旧石器時代のころには鎌倉に人が住み始めたようです。
縄文時代、弥生時代・古墳時代の遺跡・遺物も見つかっているそうで
その遺跡も見つけてみたい。

12世紀末、源頼朝は源平の合戦で平氏を滅ぼし、征夷大将軍となり、鎌倉に幕府を開きました。
幕府を開いた頼朝は、幕府の組織を整えると同時に都市づくりもはじめ1230年ころになると
幕府は全盛期となり、経済の発展にともない、中国の宋や元との交易も盛んに行われ
禅宗、禅宗様建築、仏像彫刻、彫漆など様々な中国文化が入ってきました。
大仏の造立、建長寺や円覚寺など禅寺の建立が盛んだったのもこのころです。

 

鎌倉は文化人が多い

鎌倉在住の友人には、文化芸術に長けた人が多いです。
北鎌倉周辺も鎌倉駅周辺も、あちこちに文化人が住んだ地域があって
その人たちが作り出した、なんとも
知的好奇心を刺激する環境があります。

文化水準の高い人が多く住んでいた、また今も住んでいる鎌倉は、食にもこだわる人も多く
おいしいお店も沢山あります。

鎌倉研究をライフワークにしよう

地理的に近い、鎌倉の歴史が面白い
海も山もある。
おいしいお店が多い。
知的好奇心を刺激する友人が多い、、

今の私には、とても良い環境が整っています。

鎌倉を味わう尽くすことをライフワークにしたら、楽しい

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