奈良 山野辺の道/箸墓古墳を歩く

 


奈良「山の辺の道」を歩きました。

いにしえの奈良、古墳を巡りながら
京都よりもさらに昔の歴史の世界に入り込んでみようと思ったからです。

唐突の思い付きの旅に役立つのは、駅前の観光案内所。

駅前観光案内所で、山野辺の地味の地図を頂き
そのまま、奈良駅から、JR桜井線巻向駅へ移動します。

ローカルな電車で、2両編成でしたが、前一両しかドアが開かなくて
2両目に乗っていた私は、危うくおり損ねるところでした。

まずは、箸墓古墳へ。

宮内庁管理なので中にははいれませんが、前方後円墳のまわりを歩いて
一周してみました。

箸墓古墳は、『日本書紀』によると、倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)の墓と
されています。

「昼は人が造り、夜は神が造った」という不思議な伝説を伝えています。
三輪山の蛇神と結婚して、最後には、箸で女陰(ほと)を突いて死んでしまった、、、という
伝説があり「箸墓」と言われているようです。

余談ですが、女陰(ほと)のカタチににているので、私の住んでいる「保土(ホト)ヶ谷」という
名前がついたそうな。。。

ところが、年輪年代法の結果が出て以来、いろいろ調査がすすむにつれ
卑弥呼の死亡時期とピタリと重なって来る事から、卑弥呼が死んで葬られた墓なのではないか、、と言われているのです。

でも、わかりませんね。
そこが、ロマンでもあります。
そんな事を考えながら歩くと、楽しくてたまらないものです。

箸墓のそばに近づいてみると、見上げるような高さと、巨大さを実感します。
平地から直接、土を盛り上げて急勾配に造られていて、人手がかかっているように思えます。

箸墓の隣にある昭和の味わいのお店で和菓子「織田焼きまんじゅう」とオロナミンCで休憩しました。

お店のおばあちゃんに聞いたのですが
ご主人のおじいちゃんが子どもの時に古墳の中にはいって登って行ったりし遊ぶと
ものすごく怒られたんだそうです!

織田という名前からわかるように
織田有楽斉の五男に領地を分け与えたのがはじまりで
箸墓古墳の上に茶室を作った事もあるそうな。

箸墓は宮内庁管理なのではいれませんが、他の古墳の上にたった時に
360度の景色の良さ、風の気持ちよさから、古墳の上に茶室をつくる気持ちもわかるな、、と
思いました。

そのまま「山の辺の道」を歩きました。
昔もこんな道だったのかな、、と思えるような雰囲気です。

ほとんど観光客はいませんが
「古墳オタク」風の男性数人(全員、単独)のウォーキング派と
古墳好きそうなカップル2組にあいました。

そして、
桧原神社へ。

天照大神を祭ってあり「元伊勢」と言われています。
鳥居はありますが、伊勢にいってしまったので
本殿がありません。

神社前に茶店発見!
三輪そうめんセットで、思いもよらない美味しい昼食となりました。

デザートは、シャーベット3種盛り。
しそ、イチジク、ゆず。

全てがここで取れたものから作っているそうです。
本当に美味しくて、生き返りました。

エネルギーのチャージをして、再出発。

暑くて写真を取るのも忘れてしまいましたが

狭井神社 → 大神神社 → 平等寺 → とまわり

近鉄桜井駅へと抜けました。

奈良駅からはじまり、約4時間程の旅。

水分と日陰での休憩、そして、美味しい三輪そうめんとシャーベットで
エネルギーチャージをし、無事に素晴らしい旅を終えました。

私の旅は、いつも唐突。
でも必ず、思い出深い良い旅になります。

次回は
飛鳥サイクリングルートを季節の良い時期にまわってみたいと思います。

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