経管栄養 胃瘻 終末期の医療を自分の親で考える

   2017/02/02


経管栄養、胃瘻、終末期の医療について、自分の母親のケースで深く考えました。

昼間のバスに乗ると、ほとんどの方が高齢者の方で、立っている方に席を譲れる人がいないケースが
時折あります。
近未来には、私も高齢者になりますし、今後の日本の終末期の医療について考えざるを得ません。

母の終末期医療と介護から

今年の前半、母が終末期に入っているときに兄妹で「生きること」「人の尊厳」など
母本人だったらどうしたいか、など様々なことを考えてきました。

また、母だけでなく施設で多くの高齢者とお目にかかり、様々なことを考えています。

人には環境や考え方、いろいろあるので、それぞれの家族が納得される選択が必要ですね。

いろいろなケースをみていますと、終末期の医療に関しては、本人の判断は聞ける状況にないので
家族や医療者の判断で経管栄養などの医療行為が行われているのが現状かと思います。

現に私も、医師に何度も「経管栄養」をすすめられて、判断を求められました。

私たち兄妹は、本人の回復できる力を信じ、また、ダメであっても、管でつながれた「生かされた」生き物としての
最後を本人も子供たちも望まないので、自然でいこう、との決断となり、「経管栄養」を拒否いたしました。

病院で経管栄養を勧められた母ですが、24時間看護の施設では回復の兆しです。
しかし、老衰の域に入った様子も見られ、またけ「経管栄養」「胃瘻」を勧められる可能性があります。

経管栄養にかんしてはこちら→

わたしの考えでは「自然」なかたちで看取りたかったのです。

しかしながら、こういう問題は簡単ではありません。
選択した後でも、これでよかったのかと後悔の念に苛まれることがあるでしょう。

終末期医療の選択においては、家族も医療者も悩みます。

高齢者の終末期の問題は立場により様々

高齢者の終末期医療は、いろいろな問題を含んでいます。
1分1秒でも延命させることが使命だと思っている医療者もいます。

自然な看取りを選択する場合、延命できるのに患者を見殺しにしたに過ぎないと非難される場合もあります。

植物状態であっても生きている意味があると考える人たちには
自然な看取りは見殺しにみえるでしょう。

医療従事者ですと、訴えられる可能性もあります。

また、記事を読んで驚いたのですが
親の年金をたよりに生活しているため、少しでも長く親に生きていてほしいと思う人がいるのも事実なのだそうです。
そうかもしれませんね。
生きてさえいれば、年金がもらえますし、それで生活をしている人もいるでしょう。
私が、息子に頼んだ事は痛みの緩和はしてください。
痴呆症になったらグループホームに入れてください
胃ろう、経管栄養は、しないでください。

でも、いざとなったら、息子はきっと迷うでしょうから

リビングウィルを残そう

私は、私の言葉でリビングウィルとして意思を残しておくからね、と。

私の母もきっと私と同じ考えだと思います。
人の最期は、穏やかなのがいい。
自分がやって欲しくない事は、親もやって欲しくない、はず。

このような現実を考えると、本人、家族、医療者の誰もが納得する終末期医療を行うためには
リビング•ウイルや事前に何らかのかたちで、自分の終末期の希望をを書いておくことが大事かと思います。

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